結論から言うと——医療目的なら、良いと思う
先に結論を書く。
自分の容姿の特徴で本当に苦しんでいるなら、整形はやるべきだと思う。
毎日鏡を見るたびに辛い。外に出るのが怖い。人と目を合わせられない。——そういうレベルで苦しんでいるなら、それはもう「医療」の領域だ。心の健康を守るための選択として、整形は全然アリだと思っている。
以前の俺は否定派だった
ちょっと前まで、俺はこう考えていた。
食べ物で例えるなら——注射器で油を差して、味はまずいけど見た目だけはいい料理。そんなもの食べたいか?ってこと。
「美味しそう」と「美味しい」は違う。
見た目を人工的にいじることへの違和感は、人間の本能として正しい反応なんじゃないかと。だから整形に抵抗を感じる人がいるのは自然なことだし、否定する気持ちも理解できる。
人間みんなオンリーワンだろ、という話
そしてもう一つ。俺の持論として——
人間はみんなオンリーワンだ。
誰かに似せた、誰かを目指した「量産型」はいかがなものかと。
SNSを開けば、同じような顔、同じようなメイク、同じようなポーズ。「あの芸能人に似てる」がまるで褒め言葉のように使われる。
でもさ、あなたはあなたでしかないんだよ。
誰かのコピーになることが、本当にあなたの幸せなのか?
「商品」と「あなた」は違う
ここからが一番言いたいこと。
夜の仕事をしている人は、言い方は悪いけど「商品」だ。自分の見た目や雰囲気を売って対価を得ている。だから万人受けする見た目——いわゆる「量産型」になるのは、ビジネスとして正しい判断だと思う。
タレントやアイドルもそう。見た目が商売道具である以上、それを磨くのはプロとしての投資だ。
でも——
あなたは違うでしょ。
あなたは商品じゃないでしょ。
普通に生きて、普通に働いて、普通に恋愛して。そういう人が、テレビやSNSで見る「商品として磨かれた人たち」と自分を比べて、「整形したい」と思うのは——ちょっと待ってほしい。
あの人たちは「見られること」が仕事で、そのためにお金と時間をかけている。比較対象がそもそも間違っている。
それでも辛いなら、やるべきだ
ここまで書いた上で——
商品になりたいなら、止めない。それはあなたの人生だ。
そして、本当に辛いなら、やるべきだと思う。
他人と比べてじゃなく、自分自身の中で「この特徴が辛い」と感じているなら。毎日が苦しいなら。それは医療として正当な選択だ。誰にも否定する権利はない。
日本人は顔が可愛いし、かっこいい
最後にこれだけ言わせてほしい。
日本人は顔が可愛いし、かっこいい。
海外に行くと、日本人の肌の綺麗さ、顔立ちの繊細さは本当に褒められる。「若く見える」「肌が綺麗」「整っている」——これ、社交辞令じゃなくてガチで言われる。
だから、自分を信じてほしい。
胸張って歩け。
胸張って歩く人間は、美しい。
背筋を伸ばして、前を向いて歩いている人間は——顔がどうとか関係なく、美しい。これは本当にそう思う。
自信があるから美しいんじゃない。胸を張ることで、美しくなるんだ。